文書化することによる弊害?
非日常と言うものは何を指すのだろうでしょうか?
少し警察の方とお話をする機会が有り、その時に仰られたお言葉が印象に残っていたので少し考えて見たりしています。
「事件なんて非日常的な物を目撃したら、正常な行動はなかなか取れないものですよ」
という言葉でしたが、すごく印象深く心に刻まれました。
作家をしていると作品を作る中で常日頃から非日常的な要素を考えないといけない場面が多々あります。
それは見ている方を飽きさせない工夫作りと言いますか、作品をより良くする上で、こういうのは見たことないなという事を描く事を指しています。
※私の中の定義なので業界的に使われているわけではないですよ。
では、この「非日常的なこと」とは何なのか?
昨日の出来事ですが、実際に起きた事件をモチーフにフィクションを作ろうと、
企画書用の短い文書まとめをしていたのですが、ああいう表現はどうだろうか、
とアイディアを持ち出しながら文書をまとめて見た結果、
完成したものが、「あれ? これって思ったより日常で起きてる出来事じゃないかな?」
というものに仕上がってしまい、少し笑ってしまうというものでした。
思ったことは、割りと身の回りをよく観察していると何処かで事件は起きているのではないかという事。
ぷち、家政婦は見た気分を日常で味わうことができると考えると少しワクワクしてしまいます。
普段、自分にとって日常って思っていることって、実は他の人にとっては非日常なんじゃないか?
よく見る、リア充を羨む高校生の図とか文字通り、自分にとっての非日常を人の日常に見るというものだという事を考えると、非日常って意外と身近に転がっているのだなと、
そんなことを考えてしまった今回の出来事でした。
今以上に周りに目を向けて、ネタ探し頑張ります!